俺の友達にも、ロンドンで活躍しているサッカー記者の人間がいるけど、彼らは他人が知らないようなニュースをすっぱ抜き、記事として書く事が他との差を付ける事であるようだ。僕達みんながそのニュースを見て、読んで、「おお!マジで?!」と、どれだけ思わせる事が出来るか、どれだけ注目度のある物が掘り出せるか。それが喰っていく上で大事みたいだ。
ジュビロ磐田の菊地選手が淫行で逮捕された。この手の事件は、国士舘大学サッカー部の事件の際に、このブログでも昔一回触れた事があった。
こういうニュースを読んで、人はどう思い、考えるのか。馬鹿だね、とか、アホだね、で終わるのか。そのどちらでも実際にあるのだけど、このブログでは、またちょっと視点を変えて考えてみたい。
極楽とんぼの山本の事件でも、今回の事件でもそうだけど、こういう有名人の事件で必ず出てくるのが、「社会的な責任や影響力を考えれば・・・」といった類の言葉。裁判の判決でも、判決の境になりかねないこの、「社会的な影響力、責任」ってどこでどうやって決まるのか?
彼ら有名人は、基本的に一般人よりも多くお金を貰っているので、給料の多さでそれを判断するか?
いや、給料だけ考えたら、若手お笑い、若手Jリーグ選手なんかは、その辺のちょっとリッチな人間よりもお金をもらっていないでしょう。じゃあ、給料で計るのはありえない。
じゃ、何でそういう社会的責任、影響力ってその人間に付いてしまうのだろうと考えたら、超本質的に考えてみたら、メディアが勝手に付けてるだけかもしれないと考える。
要は、そういう社会的責任とか影響力って、メディアが注目して、ニュースにしてみて、みんなに「おお!マジで?!」と思わせる事が出来るかどうかで決まるのではないか。
例えば、上記2つの事件、国士舘のケースを入れれば3つの事件、の内容自体は、物凄く悪く言ってしまえば、この世の中には頻繁に存在していた事ではないでしょうか?
でも、仮にどこかのメディアがニュースにしても、だ~~~れも注目してくれないような人間が同じ事を犯しても、それは影響力が低いとなる。
しかし、それがひとたび、名も無い超若手Jリーグ選手だったとしたら、これは「おお!マジで?!」となるだろう。たとえその選手が、サッカー選手として全然有名でなくとも、「Jリーガー」ってだけでアウトだ。
そして、その「おお!」となった時点で社会的影響力、責任が勝手に付いてしまう。
ただ、メディアが取り扱って、注目を受けるか否かの問題ではないかな。これがつまりは、社会的責任、影響力になると自分は今日、大学帰りにパブでビール飲みながら考えた。
そういう意味で、「一度プロになったら社会的責任、影響力が出来てしまうのだよ」と教える必要があると思う。
国士舘のケースも、ニュースにしてみて、反響が予想以上に良かった。これはビジネス起こして一発当ててしまったようなもの。
そして周りが、この手のニュースは皆を「おお!マジで?!」と思わせる事が出来ると察知する。だから後から後から、今まで全然出てこなかった似たニュースが出てくる。これは、後を追って同じ手法のビジネスを起こし、お金儲けをするのと似ている。
メディアに取り上げられて、ニュースにされて、「おお!マジで?!」となってしまうような人間は、やはり「おお!」とならないような人間よりも、一層注意して、責任を持って行動しなければいけないという事を、もっともっと自覚させる必要がある。
しかし、その「自覚」は、例えに出した超若手Jリーガーには殆どないだろう。なぜなら、普段はサッカー選手として全然注目されていないのだから。しかし、メディアに取り上げられたら最後。その辺りのギャップが大きいに違いない。
社会的責任、影響とは、メディアの力無しには存在しないものなのか否か。。。


